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進路の状況

卒業後の進路

本学の卒業生の一般的な卒業後の進路状況(医学科)

 卒業後医師国家試験を受けて合格すれば医師免許が交付され、それから晴れて医師としての経歴が始まることになります。

 研修医として働く場所は本学附属病院、あるいは、他の認定された研修指定病院であり、どこで研修するかは、卒業前に各自が決定します。研修内容は国が指 定した内容に準じて研修指定病院が行います。2年間のスーパーローテーション終了後に自分の進路を決め、専門領域の修練へと進みます。ある程度の臨床修練 を終えてから医学研究を行うために大学院へ進学する人も多くいます。卒後の進路として臨床医ではなく、解剖学や生理学などの基礎医学や公衆衛生学や法医学 などの社会医学の研究を志す場合には、直ちに大学院へ進学することもあります。

 このように卒業後2年間の進路はおおむね画一的ですが、3年目からは大学附属病院又は関連病院で医師としての専門的な修練が始まります。

各自が将来の明確な目標の下に進路を決めることが大切です。

卒業生の声(医学科)

誇らしき哉、わが母校

ルイ・パストゥール医学研究センター分子免疫研究所      所長・本学元学長

昭和52年朝日賞・平成2年島津賞・平成8年紫綬褒章
藤田晢也(昭和30年卒業)

 私が京都府立医科大学を常々誇らしく思うのは、その創立以来一度も中断することなく続いた歴史が139年にも及び、これが東京大学医学部創立に遅れること僅か3年で創立された医学教育機関として、本邦第二位であり、卒業生の数もそれに比例して多いというような物理的な数値だけを意識しているわけではありません。私は、母校の卒業生が実に多彩な分野で活躍しているということを最も誇らしく思っているのです。
国内だけでなくアメリカやドイツなどの有名な大学で傑出した活躍をしている教授や研究者たちもおれば、臨床家でありながら岩波文庫で近代詩集を残した詩人、映画監督として一流になった人、作曲家兼演奏家として一世を風靡したのち医系の大学教授になった人など、わが母校がいかにリベラルな人間らしい教育をしてきたか、如実に証明していると思っています。当然でしょうが、臨床医師として京都府を中心に活躍している人の数は一番多く、この意味で母校が地域医療に貢献している程度は、全国の医系大学では最高であることに間違いはありません。一方、看護学科も実は、明治22年の産婆教習所の開設以前に、明治5年から療病院で看護師(助産師を含めて)の教育を始めており、これは疑いもなく日本で最初の洋式看護学教育の始まりを告げるものでした。私が母校、京都府立医科大学を卒業したのは昭和30年でしたから今年で満56年になりますが、私が直接目撃してきた母校の発展振りに、毎日、大きな誇りを感じているこの頃であります。

国際舞台からみた京都府立医科大学の素晴らしさ

世界保健機構〔WHO〕健康安全と環境クラスター
国際保健規則部 医系技官(在ジュネーブ)
川野 美香(平成元年卒業)

 大学を卒業するときに興味があったのは、外科とWHO。外科は手術がしたかったから、WHOは天然痘の撲滅のスケールと「予防はもっとも安価で最大の治療である」という視点に感銘を受けたのと、中学校で初めて国連のことを学んだときから国連に興味があったからです。まず、外科に進み臨床経験を積んだ後、厚生労働省に入省し、院内感染対策、災害対応〔関西淡路大震災、サリン事件〕、病院管理、僻地医療対策、医薬品GCP(※)審査などを担当させていただきました。その後、WHOに来て、ワクチン品質管理、ワクチン供給体制、ハンセン氏病撲滅プログラム、地図情報システムを経て、現在、国際保健規則の仕事をしています。国際保健規則は国際的に問題となりそうな健康に関する危機〔インフルエンザ大流行、国境を越えそうな原子力発電所の事故や化学薬品中毒、食中毒など〕が発生した場合に、WHOの加盟国にWHOへの情報提供を義務付けるもので、私どもの部署はそのシステム造りをしています。
母校を離れ遠くから京都府立医科大学を見ていつも思うのは、大学、研修教育一貫して、臨床家も研究者も、地域のための医療を重視している類稀な医学部だということです。実はその視点がWHOで国際的な仕事をする上でも必要不可欠であるということを実感するにつけ、自分の受けた教育の素晴らしさを思い知り、非常に誇りに思っています。

  ※GCP(Good Clinical Practice):医薬品の臨床試験の実施の基準

京都府立医科大学を卒業して

厚生労働省医政局研究開発振興課
今井 浩二郎(平成13年卒業)

 4年間の大学院生活を終えようとしていた冬のある日、厚生労働省行きが決まりました。部署は医政局研究開発振興課、医薬品や医療機器の研究開発を担っている部署です。その中の再生医療推進室に専門官として期限付きで赴任しています。
 仕事は大きく二つあり、一つは「ヒト幹細胞臨床研究に関する指針」に則って、研究者から申請された研究計画が、指針に沿った適正なものかを審査する仕事です。1件の臨床研究計画書は重ねると3 cm 以上の厚さになりますが、患者さんに納得して幹細胞治療を受けていただけるよう、審査委員の先生方の意見を反映させながら、基準に沿った計画へと申請者と共に作り上げます。もう一つは、まだはじまったばかりの再生医療が今後発展していけるよう体制づくりをすることです。日本発のiPS 細胞研究が諸外国に遅れを取らないよう支援していくことや、先述の指針を時代に合わせて改訂していくことなどが含まれます。
 これらの仕事には、行政の知識に加えて倫理的思考も求められ、基礎研究と臨床医学との経験の裏打ちを必要とします。花園キャンパスで医療人として必要な一般教養を学び、河原町キャンパスの医学教育で医師としての礎を学んだ京都府立医科大学での経験が、まさに今の私を支えてくれています。卒業後も多様な進路があり、世界レベルの研究と臨床を様々な比重で体得していけます。当大学に入学する皆さんには、学ぶ喜びを感じながら成長し、バランスのとれた医療人として羽ばたかれる事を願っております。

京都府立医科大学を卒業して

市立福知山市民病院

消化器科
堀田 祐馬(平成20年卒業)

 大学卒業を間近に控えて、研修医1年目の臨床研修先の病院を決めるにあたり、数ある大学関連病院の中から私は京都府北部の市立福知山市民病院を選びました。それは将来的に本学に戻り臨床、研究に携わりたいという思いと、地域医療に従事することで6年間育てていただいた京都府立医科大学、ひいては京都府に、微力であっても恩返しがしたいという思いがあったからです。私の青春時代での人格形成において、京都府立医科大学で過ごした時間と環境はかけがえのないものであり、私にとって大学での勉強は医学だけでなく、人と人とのつながりの大切さを学ぶことでもありました。
 福知山でのわずか1年間の研修は、予想していたものよりも刺激的で、充実したものでした。都会育ちの私にとって、空気はおいしく、人情味にあふれていました。そして病院には、地域の医療にとって最後の砦であるという誇りと使命感がありました。地域医療すなわち医療レベルが低い、というそれまでの私の認識は間違っているということも知りました。各領域のプロフェッショナルである先生方は、私を大学の後輩として、弟、あるいは息子のように温かく指導してくださり、医学的知識だけでなく医師としての生き方そのものを学びました。在学中だけでなく、卒業後も先輩後輩の密な関係が持続する本学の伝統を、私も守っていきたいと強く感じました。
 現在医師4年目となり、全国に名を馳せる消化器内科学教室に入局後、再び福知山に戻り内科医として勤務しております。消化器の専門領域はもちろんのこと、臨床ならびに教育で有名な総合内科にも所属し、プライマリケア、救急、集中治療、感染症、抗癌化学療法、緩和ケアと幅広く学ぶことができ、楽しく充実した生活を送っています。
 歴史と伝統、そしてアットホームな雰囲気にあふれる本学とその関連病院で、共に切磋琢磨しようではありませんか。希望と情熱に燃える後輩の入学を、心から楽しみにしています。

卒業後の進路(看護学科)

資格

  • 看護師国家試験受験資格
  • 保健師国家試験受験資格
  • 助産師国家試験受験資格(助産学に関する授業科目を履修することにより取得可能。但し、履修者は選考により決定する。)

就職

  • 本学附属病院・その他の医療機関
  • 看護の教育機関
  • 保健所・市町村・民間事業所
  • 介護保健施設・介護福祉施設
  • 保育所
  • 訪問看護ステーション
  • 研究施設

卒業生の声(看護学科)

質の高い看護を提供するために頑張っています

本学附属病院 看護部長
今村 浪子(京都府立医科大学附属看護学院昭和50年卒業)

 私の看護学校時代は、今はなき校舎で一学年60名の同級生と共に学び、臨床実習も楽しく体験でき、この時に看護の感性を高めることができたと感謝しています。
 本学附属病院は、看護学科の学生さんが臨床実習を行う場です。附属病院には、看護学科の先輩が多く勤務し、教育レベルの高い看護を提供できていると確信しています。
 私は今、看護部長として、患者様の視点に立ち、安心・安全な看護を提供させて頂くために看護方式や看護実践キャリア開発システム(※)に取り組み、入院基本料7対1看護配置による手厚い質の高い看護を実践し、看護師一人一人が誇りを持ち患者さまと共に喜びが得られる努力をしています。

数ある母校の中で……

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
保健学専攻 教授
大西真由美(京都府立保健婦専門学校昭和62年卒業)

 私は、京都府立保健婦専門学校の卒業生ですので、京都府立医科大学を“母校”と呼ぶには恐縮してしまいますが、その後の私の人生に最も影響を与えた学校です。
 私は、中学生の頃から国際協力の仕事に関心を持ち、そのために保健師になりました。具体的に国際協力の仕事につながるアクションを起こしたのは、保健婦学生の時でした。当時、既に看護師免許を取得していたので、青年海外協力隊の一次試験を受験したところ、受かってしまったのです。二次試験は、東京で、平日に行なわれるため、学校を休まなければなりませんでしたが、当時の先生方のあきれ顔を余所に受験し、見事に不合格。このエピソードは、未だに恩師からネタにされて笑われますが、私は先生方に感謝しています。
 卒業後は、東京都で保健師として勤務した後、中南米、サブサハラ・アフリカを中心に、地域保健、リプロダクティブ・ヘルスや保健医療人材養成に関するプロジェクト等に従事してきました。現在は、国内外を問わず社会的不利条件下にある人々の健康とその向上に寄与できるような仕事に従事しています。

卒業した大学と関係性を継続しながら、看護師として実践活動に励んでいます!

医療法人ひばり ホームホスピスひばりクリニック
奈良在宅ホスピスセンター 看護師長
地域看護専門看護師
扶蘓 由起(京都府立医科大学医療技術短期大学部平成8年卒業)

 私は、短期大学部1期生として卒業しました。看護師として勤務する中で、患者さんやそのご家族に生じる問題を解決するためには知識が必要と考え、専門看護師(CNS)育成コースがある大学院へ進学しました。現在は、がんの方々を対象にした在宅緩和ケアの専門の診療所で、地域看護専門看護師として勤務しています。
 幼いころ入院したときの辛い思い出の中に、鮮明に記憶に残る看護師さんの優しさ。そんな看護師になりたいと考えて看護学科へ進学し、臨床実践活動を行うようになって15年経過しました。患者さんやご家族との関わりを通して学べることや、人と人とのつながりは、常に新鮮で楽しいです。そして健康に問題をもつ方々にとって、その事柄がどのような意味を持つのか、共に考え、将来を見据えるプロセスは、看護師にしか出来ないことですし、やりがいを感じています。
 ご縁があり、いまでは母校で客員講師としてのお役目も頂くようになりました。卒業してから、長い年月が経過していますが、在学中にお世話になった先生を尊敬し、頼りにできること、そして看護師として「生の声」を看護学科の学生の方々に伝えることが出来ることは、非常に貴重な機会であると感謝しています。このような柔軟性のある大学で学べることは、きっとあなたの人生においても大きな意味を見出せると思います。

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