図書館メールNews 第118号 ……………………>>>>>2008.12.18 発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  目次 …………………………………………………………………………………………… 【1】--- コラム第2弾! 第6回「スーツケースの中の1冊」             … 分子生化学 奥田 司先生 …………………………………………………………………………………………… 【2】--- 年末年始の図書館休館のお知らせ …………………………………………………………………………………………… 【3】--- 年末年始における学外からの文献複写物の取り寄せについて …………………………………………………………………………………………… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【1】 コラム第2弾! 第6回「スーツケースの中の1冊」             … 分子生化学 奥田 司先生 ……………………………………………………………………………………………   「無人島へ持参する1冊」というのは、 話の接ぎ穂の無くなったときにし  ばしば持ち出される話題のひとつであろう。「刑務所に持参する・・・」と  いう表現を好まれる先生もいらっしゃることを最近知った。しかし、これは  いずれも、熟慮して書物を選択できる場合のことと思われる。私はかつて、  海外滞在が決まり、あわただしく出発の準備をしなくてはならなくなったこ  とがあった。出発前夜、スーツケースに少しだけ隙間があることに気がつい  た私は、深く考えるいとまも無く、急ぎ、自宅の書棚に並んでいた文庫本を  数冊詰め込んだ。これらの書物は、私とともに太平洋を渡り、米国南部の小  さな研究所の実験室の片隅に作りつけられた机の上に並べられた。この町で  は、当時、日本の書物の入手が難しく、このときの文庫本とは思いがけず長  くつきあう羽目になった。     その中の1冊が岩波文庫版の「実験医学序説」であった。 かのクロード・  ベルナールによって1865年に出版された医学・生理学研究の精神と方法論に  ついての著作の訳書である。植物病理学を修める大学院へ進学した高校の先  輩に「医学生のくせに読んだことがないのか」と揶揄され、クラブのOB会か  らの帰途、その足で購入したことを記憶している。当初は熱心な読者とはい  えなかったが、留学中は他に日本語のメディアが手に入りにくかったことも  あって、実験の合間の待ち時間にしばしば手に取るようになった。動物実験  等における倫理観が現在でのコンセンサスと少し違っていることや、他分野  の研究者に対する偏見のようなものが見え隠れすることに多少違和感を覚え  ながらも、「医学」を「サイエンス」として捉えることの重要性とそのため  の方法論の要諦を高らかに謳いあげる本書は、臨床と研究の二兎を追うこと  ができればなどと漠然と夢想していた当時の私にとって、次第に、力強い応  援の書のように思えるようになってきた。   私は好んで自分にとって心地よく響くフレーズを読み返した。たとえば、  優れた医師が臨床の現場で診断のためにめぐらす知的活動は、研究者が実験  結果を解釈する際の「科学的推理」とまったく同じものである、とベルナー  ルが繰り返し言い切るところを気に入っていた。また、すべての実験はなん  らかの仮説に基づいて行われなければならないとする立場を明記しつつも、  状況によっては「濁った湖に網を入れて何が採れるか試してみる」といった  実験も重要である、といった記述もあった。当時、一次構造の類似性やタン  パク会合を指標に新規遺伝子をスクリーニングするといった海のものとも山  のものともわからぬ実験プロジェクトを繰り返していた私は、大いに意を強  くしたものである。もちろん、慎重にコントロールを置くことや反証実験の  重要性など、他にも無数に、現代でも有用となる実験方法上の機微や警句が  ちりばめられていた。   終章では糖代謝・脂肪吸収・神経毒・一酸化炭素中毒などに関する彼自身  の実験結果を簡潔に紹介し、それに沿って実験方法の各論を展開している。  いずれも当時としては先進的なものであって、現代の解剖・生理・生化学の  系統講義を学んだばかりの第2学年の諸君ならこうした実験結果をどのよう  に解釈するか、意見を聞いてみたい気がする。加えて、生気論(今で言えば  「似非医学」か?)との戦い、科学的エビデンスを求めるための臨床研究の  必要性、サイエンスの堪能な医師への不当な評価、など、たった今、本学の  講義室やカンファレンスルームで論じられていたとしてもまったく違和感の  無い先見性ゆたかな議論が盛り込まれている。これが本学創設に遡ること7  年、幕末、篤姫が大奥で権勢を揮っていた時代に出版された書物であること  に驚きを禁じ得ない。   インターネットや流通の発達した現在なら、海外に居ようと国内に居よう  と、同じような情報を同時代的に手に入れることができる。米国へ留学する  くらいで、たまたま持参した何冊かの書物によって大きな影響を受ける、と  いった事態はもう起こらないのかもしれない。また、深夜に実験の待ち時間  ができたときには、書物のページを繰るのではなく、ネットからダウンロー  ドしたPDFファイルの文書を液晶画面上で読むようになるのだろうか。 しか  しながら、それでも書物は、たとえ文庫本といった簡易なものであったとし  ても、思考、記憶、感情などの知的活動と個人の行動とをむすびつける重要  な「道具」としての役割を担いつづけるものと思う。多少わがままな解釈が  あったかもしれないが、 スーツケースの中にたまたま詰めた1冊の古い文庫  本を通じて私は医学・生物学実験上の約束事をいくつも知り、また研究に携  わることを鼓舞された。一方で、どんな名著といえども批判の眼で読まねば  ならぬ場合もあると教えてくれたのも本書である。なんだか「大人のつきあ  い」のようではあるが、それもまた書物とのつきあい方として、それほど悪  いものではなかったのではないかと思っている。このコラム・シリーズです  でに先生方が述べられているとおりであるが、学生諸君が多くの書物と意義  深い出会いをもつことを期待したい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2】 年末年始の図書館休館のお知らせ ……………………………………………………………………………………………   下記の期間(年末年始)休館します。ご注意ください。  ◇平成20年12月28日(日)〜平成21年1月4日(日) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【3】 年末年始における学外からの文献複写物の取り寄せについて ……………………………………………………………………………………………   12月17日(水)以降に学外からの文献複写物の取り寄せを申し込まれ  た場合、入手は翌年になります。  なお、12月12日(金)から16日(火)までに申し込まれた場合でも、  依頼相手館の都合により年内に文献複写物が到着しない場合がありますので、  ご了承ください。 ……………………………………………………………………………………………  図書館メールNews  第118号   2008.12.18 発行(隔週木曜日発行)  編集・発行 : 京都府立医科大学附属図書館          library@koto.kpu-m.ac.jp          http://www2.kpu-m.ac.jp/~library ……………………………………………………………………………………………