平成29年度卒業式式辞

平成29年度京都府立医科大学卒業式(平成30年3月2日)
竹中学長式辞
 
 本日、ここに医学部医学科並びに看護学科で学部課程を修了し、卒業の晴れの日を迎えられた皆さん、おめでとうございます。
 医学部大学院博士課程、同修士課程及び保健看護学修士課程を無事、終了された皆様も本当におめでとうございます。
 併せて、ご列席のご家族並びにご父兄の皆様、学部学生や大学院学生に、物心両面から永年ご支援と励ましをいただいたことに感謝申し上げます。
 また、本日ご臨席いただきました、山内京都府副知事様、村田京都府会議長様、はじめ多くのご来賓の方々に、教職員並びに卒業生を代表して厚く御礼申し上げます。
 
 さて、学部卒業生の皆さん、本日は学生時代に「さようなら」を告げられる日です。皆さんの学生時代は充実した、希望と夢に満ちた年月であったでしょうか?
 正直、大学が皆さんの期待に応えることができたか、些か懸念があるところです。ご承知のように、京都府立医科大学は145年余の歴史を持ち、旧憲法下の大学令で認められた大学名を100年後の今に持ち続けています。また、京都府並びに近隣地域にある関連病院の多さや、附属病院を中心とした団結力は高く評価され、卒後臨床研修のメッカとされています。
 
 その一方で、歴史と伝統故に、新しい時代に踏み切れない悩みも多く抱えています。学部教育では、少人数でのPBLや自学自習のスペース確保或いは健康管理システムなどが挙げられます。学長一年生の私としては、学生評価の一元化やクラブ活動の在り方なども、大変気掛かりな一面でした。今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。今後、着実に充実させたいと考えています。
 
 ここで、「大学」について私の考えをお伝えしたいと思います。
 大学の本分は、教育にあります。学生の教育を通して教職員が謙虚に学びをする場所でもあります。少し言い方を変えれば、教育の疑問や課題を究明する為に、研究する処です。教員と学生は「教える人」と「教えられる人」に分かれますが、この両者が作り出す緊張や触れ合いそのものが正に「大学」であります。
 近年、大学の成果の社会還元が産官学の連携と呼ばれますが、それらは教育を踏まえて具体的になるものでもあります。学生諸君は我々にとって最良のステークホルダーであり、教職員の身を映す鏡でもあります。本学が大学として機能し、成立しているか、我々は絶えず気を配り、検証をする務めを負っていることを、明言したいと考えています。
 
 さて、皆さんの多くは、医療人としての道を歩まれます。医療人として必要なことは、独立して高潔な人格と他人の病に共感できる暖かさに加えて課題を解決する能力です。
 独立して高潔な人格は言うまでもありませんが、群れることなく正しいことを実践できる力、勇気を意味します。
 他人の病に共感できる暖かさは、苦しみ悩む人への無言の支援です。決して「治す」とか「治してあげる」ではなく、病人を受け入れる暖かい心根で、この2つは、本学が卒業に際して皆さんに求めているプロフェッショナリズムの根底です。
 課題を解決する能力は、知識に裏付けされた高い技術と生涯学習に務めることで身に付きます。その基本にリサーチマインドがあります。医療人が研究する心を持たないことは、許されないと考えてください。
学生時代に「サヨナラ」を告げられた皆さんには、医療人として無限の可能性があります。付け加えて申せば、地域医療の担い手としてのあなた方への期待は、想像を絶する大きなものです。どうぞ、生涯を通して、精進され自ら恥じることのない医療人としての道を歩んでください。
 
 大学院博士課程、修士課程を終えられた皆さん、皆さんの努力は医学や保健看護学の今後の発展の原動力となるものです。学問にも流行があります。私の拙い研究歴でも、最初の20年間に3度ほど流れを実感することがありました。 それは多くの場合、自分が捨てた、或いは蓋をした研究についての新見解でした。
 我が国の研究は急速に新しい横断的なテーマを求めています。医学と保健看護学の融合や健康や長寿の生物学的意味など、新しい発想での情報整理がkeyになるでしょう。なお一層の奮励努力と後継者育成へのご尽力をお願いいたします。
 
 最後に、梅薫る弥生三月、東風吹かば匂い起こせよ梅の花と申します。京都府立医科大学は卒業生皆様からの有形無形の便りを待っています。結びに当たり、卒業生の皆様と本学の更なる発展と進化を祈念いたしまして、本日の餞といたします。
 
 
 
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